「Isn’t That So」——湯気の向こうで頷きたくなる、やさしい一曲
アーティスト紹介
Jesse Winchesterは、派手に感情をぶつけるタイプのシンガーソングライターではありません。けれど、声が流れはじめた瞬間に、その人の輪郭がふっと浮かび上がる。そんな不思議なあたたかさを持った人です。アメリカ南部の空気を感じさせながら、カナダで活動を重ねたという背景もあってか、彼の音楽にはどこか“土地をまたいだやわらかさ”があります。USルーツ・ミュージックの親しみやすさと、少し距離を置いて世界を眺めるような静かなまなざし。その両方が、Jesse Winchesterの魅力だと思います。
50年以上前のレトロな店内で彼のレコードを回すと、木の椅子のきしみや、カップを置く小さな音まで、妙に曲の一部みたいに聞こえてくるんです。大げさではないのに、ちゃんと心に残る。そんな音楽は、毎日のなかで見落としがちな気分を、そっとすくい上げてくれます。
楽曲とアルバムの紹介
今回ご紹介するのは、1972年リリースのアルバム Third Down, 110 to Go に収録された「Isn’t That So」。タイトルだけ見ると、誰かの言葉に軽く同意するような、何気ないひと言にも思えます。でも、この曲の魅力はまさにそこにあります。強く断言するでもなく、ドラマチックに叫ぶでもなく、「そういうものだよね」と静かに差し出してくる感じ。その語り口がとても美しいんです。
音の印象も実にやわらかです。派手なアレンジで引っ張るというより、歌の呼吸を大切にした穏やかな演奏が寄り添っていて、アナログで聴くとそのぬくもりがいっそう際立ちます。針が落ちたあとに立ちのぼる、少し丸みを帯びた音像。新品のピカピカした感触というより、長く使い込まれたマグカップの手ざわりに近い心地よさがあります。
歌詞もまた、人生を必要以上に飾らず、それでいて投げやりにもならない絶妙な距離感があって、聴いていると“諦め”ではなく“受け止めること”の強さを感じます。若いころには気づかなかったのに、少し疲れた日の夜や、考えごとが多い週の終わりにふと沁みてくるタイプの曲です。
なぜコーヒーとマッチするのか
「Isn’t That So」がコーヒーに合うのは、この曲が気分を無理に上げようとしないからだと思います。朝の一杯で背筋を伸ばすというより、午後から夕方にかけて、少しぬるくなった光の中で飲む一杯に近い。華やかなフルーツ感たっぷりの浅煎りというよりは、やさしい苦みと丸い甘さがじわっと続く中深煎り。飲んだ瞬間のインパクトではなく、喉を過ぎたあとに「ああ、いいな」と思える味わいです。
この曲には、人生のあれこれを一度テーブルの上に置いて、湯気越しに眺めるような余白があります。うまくいったことも、思い通りじゃなかったことも、どちらかだけを大きくしない。そのフラットさが、ハンドドリップでゆっくり落としたコーヒーの時間によく似ています。焦って答えを出さなくてもいい、ただ香りを吸いこんで、レコードの回転に耳を澄ませればいい。そんなふうに思わせてくれるんです。
当店の古いスピーカーでこの曲を流していると、Jesse Winchesterの声は、濃すぎないのにちゃんと深い、絶妙な抽出みたいに響きます。酸味や苦味を声高に語るのではなく、そのあいだにある“まろやかさ”を教えてくれる一曲。静かな夜にひとりで聴いてもいいし、店の片隅でぼんやり過ごす時間にもよく似合います。
今日の一杯のお供に選ぶなら、「Isn’t That So」はきっと、飲み終わるころにじんわり効いてくるはずです。派手ではないけれど、あとからふと恋しくなる。そんなコーヒーみたいな一曲として、今夜のレコード棚からそっと手に取りたくなります。

