「This Must Be the Place」でほどける夜、コーヒーの湯気のそばで
アーティスト紹介
Talking Headsは、1970年代後半から80年代にかけてニューヨークのシーンで独特の存在感を放ったUSのバンドです。パンク以後のひりっとした空気を持ちながら、ファンクやアート、ポップの感覚を軽やかに混ぜ合わせて、ほかではなかなか聴けない音を作ってきました。
中心人物のデヴィッド・バーンの歌声は、いわゆる“うまく包み込む”タイプではないのに、不思議と耳に残ります。少し不器用で、少し神経質で、でもそのぶん感情がまっすぐ伝わってくる。その感じが、Talking Headsというバンドの魅力そのものかもしれません。店でレコードを回していても、このバンドが流れると空気が少しだけ引き締まり、それでいて肩の力は抜けるんです。
楽曲とアルバムの紹介
今回取り上げるのは、Talking HeadsのThis Must Be the Place。1983年リリースのアルバムSpeaking in Tonguesに収録された1曲です。
この曲は、Talking Headsの中でもとくにやわらかい手ざわりを持った名曲だと思います。バンドの持つ知的で少しねじれた印象はそのままに、ここではそれがあたたかさに変わっている。ギターの反復、ふわりと揺れるリズム、じんわり広がるシンセの感触。そのどれもが派手すぎず、でもちゃんと心に残ります。
歌詞も印象的です。はっきりと大きな言葉で愛を叫ぶというより、うまく説明できない気持ちを、身ぶりで確かめるみたいに並べていく。だからこそ、この曲の「居場所」の感覚はとてもリアルに響きます。どこかにたどり着いたというより、誰かと過ごす時間の中で「ああ、ここでいいのかもしれない」と気づくような歌。タイトルのThis Must Be the Placeという言葉も、断言ではなく、そっと手探りしている感じがしていいんですよね。
レコードで聴くと、その魅力がさらによくわかります。音の輪郭が少し丸くなって、繰り返されるフレーズの心地よさがじわじわ効いてくる。古い木の床や低い照明のある店内で針を落とすと、曲そのものが部屋に馴染んで、音楽というより空気みたいに漂ってくれます。
なぜコーヒーとマッチするのか
この曲がコーヒーに合う理由は、派手な高揚感ではなく、じんわりと気持ちを整えてくれるところにあると思っています。ひと口目で強く驚かせるというより、飲み進めるうちに「あ、これ好きだな」と感じる一杯に近いんです。
たとえば、酸味がきれいで、口当たりのやわらかい中煎りのコーヒー。湯気の向こうに甘さがふっと立ち上がって、飲み終わったあとに静かな余韻が残る。This Must Be the Placeにも、まさにそんな丸みがあります。音数は決して少なくないのに、耳あたりはやさしい。そこが、せかせかした時間を少しだけゆるめてくれるコーヒーの役割と重なります。
個人的には、この曲は「恋愛の歌」というより、「帰れる感覚」の歌として聴いています。特別な出来事がなくても、いつもの椅子、手になじんだカップ、レコード針の小さなノイズ、そういうものに囲まれているだけで救われる夜ってありますよね。この曲は、その静かな安心にすごく似ています。
築50年以上のレトロな空間でこの曲を流していると、古いものがただ懐かしいだけではなく、ちゃんと今の気分に触れてくるのを感じます。レコードのぬくもりとコーヒーの香ばしさ、そのあいだにある“言葉にしきれない落ち着き”を、Talking Headsは見事に音にしている気がするんです。
今日は少しだけ急がずに、カップを両手で包みながら、この曲を。This Must Be the Placeは、にぎやかな日々の途中で、そっと自分の居場所を思い出させてくれる1曲です。

