「Just Like Heaven」— きらめく夜風とコーヒーの湯気
アーティスト紹介
The Cureは、1970年代末から活躍するUKロックの代表的なバンドのひとつです。どこか翳りを帯びたムードと、胸の奥をそっと揺らすメロディで、多くのリスナーを惹きつけてきました。フロントマンのロバート・スミスの存在感はとても大きいのですが、The Cureの魅力はそれだけではなくて、ギターのきらめき、ベースのうねり、ドラムの軽やかな推進力が重なって、独特の“浮遊感のあるロック”を作っているところにもあります。
暗さや繊細さを語られることの多いバンドですが、実はポップソングの作り手としても本当に優秀です。そのわかりやすい入口のひとつが、今回の「Just Like Heaven」。少しレトロな店内でアナログ盤を回していると、The Cureの音は古びるどころか、むしろ木のテーブルや曇ったガラス、カップから立ちのぼる香りによく似合うんですよね。
取り上げる楽曲と収録アルバムの紹介
今回ご紹介するのは、The Cureが1987年に発表したアルバム『Kiss Me, Kiss Me, Kiss Me』に収録された「Just Like Heaven」です。UKロックの80年代を語るうえで外せない一曲で、バンドの持つ繊細さと高揚感、その両方が見事に詰まっています。
イントロのギターが鳴った瞬間、空気がすっと明るくなるような感覚があります。軽やかなのに、どこか切ない。弾むように進んでいくのに、胸の奥には少しだけ影を残す。そのバランスが本当に絶妙です。ただ“幸せなラブソング”として聴くだけではもったいなくて、この曲には、手を伸ばせば届きそうなのに完全にはつかまえられない瞬間の美しさがあるように思います。
歌詞の世界も、夢みたいに甘いだけではありません。鮮やかな恋の記憶が、時間の流れの中で少しずつきらめきに変わっていくような、不思議な感触があります。まるで、もう戻れない夜の空気を瓶に閉じ込めたみたいな曲。レコードで聴くと、その輪郭が少しやわらかくなって、記憶そのものが音になったように響いてくれます。
なぜその曲がコーヒーとマッチするのか
「Just Like Heaven」がコーヒーに合う理由は、明るさの中にちゃんと余韻があるからだと思っています。一口目にふわっと華やかな香りが広がるのに、飲み込んだあとにはほのかな苦みや甘みが残る。そんな一杯ってありますよね。この曲もまさにそうで、最初は軽やかでポップに聴こえるのに、聴き終えたあと、心に残るのはただの爽快感だけじゃないんです。
たとえば、浅煎りすぎず深煎りすぎない、中煎りのスペシャルティコーヒーが似合います。口当たりはやわらかいのに、後半にかけて柑橘みたいな明るさと、少しだけカラメルっぽい余韻がのぞくような味わい。「Just Like Heaven」のギターのきらきらした響きは、その香りの立ち上がりによく似ていますし、歌の奥にある切なさは、冷めるにつれて見えてくるコーヒーの表情に少し近い気がします。
個人的には、この曲は“朝の目覚め”というより、“夜のはじまり”に合います。外が少し暗くなって、店の照明がやわらかく効いてくる時間。レコード針が落ちる小さな音のあとに「Just Like Heaven」が流れると、古い空間にふっと風が通るような感じがするんです。コーヒーの湯気がゆっくり揺れて、その向こうで鳴るギターが、今日という一日を少しだけ特別にしてくれる。
恋の曲なのに、ただ甘いだけでは終わらない。ポップなのに、聴き流すには惜しい深さがある。そんな「Just Like Heaven」は、にぎやかすぎない夜のコーヒー時間にぴったりです。香りと音の両方をゆっくり味わいたいとき、この一曲はきっと、カップの中の余韻まで少しきれいにしてくれるはずです。

