「Baba O’Riley」で立ちのぼる、夜のレコードと一杯の疾走感
アーティスト紹介
The Whoは、1960年代から70年代のUKロックを語るうえで外せない存在です。骨太なのにどこか知的で、荒々しいのに妙に人の心の奥へ入ってくる。そのバランス感覚がほんとうに面白いバンドだと思います。
ギターのピート・タウンゼント、ボーカルのロジャー・ダルトリー、ベースのジョン・エントウィッスル、ドラムのキース・ムーン。名前だけ見ると伝説的すぎて少し身構えてしまいますが、音を鳴らすとむしろ生々しくて、人間くさい。レコードで聴くとその魅力がいっそうはっきりして、音の輪郭に少しざらつきが残るぶん、熱や衝動までいっしょに届いてきます。
The Whoというバンドのすごさは、ただ激しいだけでは終わらないところ。大きな音の向こうに、若さの焦りや解放感、時代の空気まで封じ込めてしまう。だから何十年たっても、針を落とした瞬間に「いま」の音として鳴ってくれるんですよね。
楽曲とアルバムの紹介
今回取り上げるのは、The Whoの「Baba O’Riley」。1971年リリースのアルバム Who’s Next に収録された、UKロックを代表する一曲です。企画としては毎回1970年代または1980年代のUS/UKロックから1曲を選んでいますが、今回はその中でも特に、空気を一気に塗り替える力を持った曲だと感じています。
まず印象的なのは、冒頭から鳴る反復するキーボードのフレーズ。あの音が流れ出した瞬間、お店の古い梁や木の床、少し色あせた壁の空気までぴんと張る感じがします。そこへバンドの演奏が加わると、一気に景色が広がる。ロックのダイナミズムがあるのに、どこか風景描写のようでもあって、ただ勢いがあるだけではないんです。
タイトルだけを見ると少しつかみにくい曲かもしれませんが、聴いてみると不思議なくらい身体に入ってきます。若さのぶつかり合い、やりきれなさ、でも前へ進もうとするエネルギー。その全部が、まっすぐすぎない形で詰まっている。だからこの曲は、単なるアンセムというより、「混沌の中でも足を止めないための音」に聴こえます。
収録アルバムの Who’s Next もまた特別で、The Whoの豪快さと構築美がきれいに同居した一枚です。ラウドで、広がりがあって、それでいて細部までよくできている。レコードで聴くと、音の隙間にうっすら空気が流れていて、そのぬくもりがたまりません。デジタルで聴いても名曲ですが、アナログだと少し丸みを帯びた質感が加わって、この曲の持つ人間味がより立ち上がってくる気がします。
なぜコーヒーとマッチするのか
「Baba O’Riley」がコーヒーに合う理由は、ただテンションが上がるから、ではありません。この曲には、静けさの中からじわじわ熱が集まって、やがて大きなうねりになる感じがあります。その流れが、ハンドドリップでお湯を落としていく時間に少し似ているんです。
最初の香りはやわらかいのに、口に含むと芯のある苦みが広がって、あとから甘さが追いかけてくる。そんな中深煎りの一杯が、とてもよく似合います。とくに、少しナッツっぽさやカカオのような余韻があるコーヒーだと、この曲の持つ力強さと陰影の両方を受け止めてくれる気がします。
歌詞の世界にも、ぼくはコーヒーと重なるものを感じます。この曲って、若さの爆発だけでできているようでいて、実はどこか醒めた視線もあるんですよね。勢いよく走り出したい気持ちと、そんな自分を少し離れて見ている感覚。その二重写しがとても現代的で、だからこそ、一杯のコーヒーみたいに「熱いのに落ち着く」という不思議な手触りがある。
うちの店みたいな、築50年以上の少しレトロな空間でこの曲をかけると、古いスピーカーの奥から音が立ちのぼってきて、湯気をまとったような存在感になります。窓の外がもう暗くなりはじめたころ、カップから立つ香りといっしょにあのイントロが流れると、店の時間がほんの少しだけ加速する。でも、せわしなくはならない。その「前へ進む感じ」と「その場に深くとどまる感じ」の両方があるから、コーヒーの時間にすっとなじむんだと思います。
派手なのに、飲み込むとじわじわ効いてくる。「Baba O’Riley」はそんな一曲です。今日の一杯を、ただの休憩ではなく、少しだけ気分を立て直す時間にしてくれる。レコードのぬくもりとコーヒーの香ばしさのあいだで聴くと、この曲の疾走感は、騒がしさではなく、背中を押してくれる風のように感じられます。

