「Dreams」を淹れる夜 —— Fleetwood Macと、ミルクチョコみたいな余韻のコーヒー
アーティスト紹介
Fleetwood Mac(フリートウッド・マック)は、70年代のUKロック史を語るうえで外せない、ちょっと特別なバンドです。もともとはブルース色の濃い英国バンドとしてスタートしたのに、時代のうねりとメンバーの入れ替わりを経て、アメリカ西海岸の空気をたっぷり吸い込んだ“極上ポップ・ロック”へと大変身。
とくに有名なのが、リンジー・バッキンガムとスティーヴィー・ニックスが加入してからの黄金期。70年代後半の彼らは、音はキラキラしているのに、歌詞の中身はやたら生々しい。恋愛、すれ違い、嫉妬、未練…そういう感情を、上品なメロディに包んでサラッと出してくるのが上手いんです。
しかも面白いのが、バンド内の人間関係がなかなかの修羅場だったこと。なのに作品は不思議と“聴きやすくて美しい”。このギャップが、レコードで聴くとさらに濃く感じられます。針を落とした瞬間、部屋の空気が少しだけ大人っぽくなる。そんなタイプのバンドです。
取り上げる楽曲と収録アルバムの紹介
今回“コーヒーに合う一曲”として選ぶのは、「Dreams」。
収録アルバムは、『Rumours』(1977年リリース)。ロックを普段あまり聴かない人でも、どこかで耳にしたことがあるかもしれない超名盤です。
「Dreams」はアルバムの中でも特にスッと入ってくる曲で、派手なギターソロや大げさな展開はなし。代わりに、ゆらゆら揺れるリズムと、霞がかったような歌声が延々と続いていきます。何かが“起きる”というより、同じ場所で静かに気持ちが沈んだり浮いたりする感じ。夜のキッチンでコーヒーを淹れてるときに、すごくちょうどいい温度感なんですよね。
ちなみにアナログで聴くと、ドラムとベースの丸みがより伝わってきます。デジタルだと整いすぎることがあるけど、レコードだと少し空気を含んだ低音が出て、曲の“揺れ”が心地よく広がります。
なぜその曲がコーヒーとマッチするのか。
「Dreams」の歌詞って、ひと言でいえば“別れ際の会話”みたいな空気があります。突き放すようでいて、どこか優しい。強がってるようで、実はまだ引きずってる。そういう、言葉にしきれない感情のグラデーションが、淡々としたリズムの上にふわっと乗っている。
で、ここからがコーヒーの話。僕、この曲は“冷めかけのコーヒー”と相性がいいと思ってます。淹れたての熱々じゃなくて、少し温度が落ちて、香りが落ち着いて、甘みや苦みの輪郭が見え始めるあのタイミング。カップを持つ手も落ち着いて、やっと自分の気持ちに耳を澄ませられる…みたいな。
音の質感もコーヒー向きです。ドラムは前に出すぎず、一定のテンポで肩をトントン叩くみたいに鳴る。ベースは深煎りのようにどっしりしてるのに、重たすぎない。そこへスティーヴィー・ニックスの声が、湯気の上を滑る香りみたいに漂ってくる。
派手さで気分を上げる曲じゃなくて、“気持ちを整える曲”なんです。だから、いろんなシチュエーションで使えます。
たとえば、今日はちょっと疲れたな…って夜。スマホを置いて、照明を落として、ミルクチョコみたいな余韻のある中深煎り(ブラジルとか)を淹れる。そこに「Dreams」を流すと、部屋の角が丸くなる感じがします。悲しいというほどじゃないけど、気持ちがザラついてる日ってあるじゃないですか。そういう日に、この曲は“無理に元気を出さなくていいよ”って言ってくれる。
逆に、バリバリ仕事!の朝に合わないかというと、そうでもなくて。エスプレッソみたいな攻めの一杯というより、ハンドドリップで丁寧に淹れたコーヒーを飲みながら、タスクを静かに並べていく時間に向いてます。気合いをドン!と入れるんじゃなく、一定のペースを作ってくれる。作業用BGMって、派手だと集中が切れることがあるけど、「Dreams」は“景色”として部屋に馴染むからちょうどいい。
あと、個人的におすすめしたいのが雨の日の午後。窓の外がグレーで、部屋の中だけが少し暖かい。そんな日に「Dreams」をレコードで鳴らして、ペーパーフィルターを透けて落ちるコーヒーの色を眺めてると、妙に時間がゆっくりになるんですよ。針音のチリ…という小さなノイズさえ、雨音と混ざって“生活の音楽”になる。
この曲のすごいところは、聴く人のコンディションで味が変わるところ。甘く聴こえる日もあれば、苦く刺さる日もある。まるで同じ豆でも抽出で表情が変わるコーヒーみたいです。だからこそ、自宅でゆっくり飲む一杯と相性がいい。
今夜は、マグカップでもいいし、お気に入りのカップ&ソーサーでもいい。湯気が落ち着いたころに再生ボタン(もしくはターンテーブルのスタート)を押してみてください。きっと「Dreams」は、あなたの部屋の空気に合わせて、ちょうどいい濃度で鳴ってくれます。


