夕暮れの一杯に寄り添う「Wish You Were Here」
アーティスト紹介
ピンク・フロイド(Pink Floyd)は、UKロックの中でも「音で風景を描く」ことに長けたバンドです。60年代後半から活動し、70年代に入ると“プログレ”という枠を軽々と飛び越え、ロックをもっと大きなスケールの表現に押し広げていきました。
特徴は、ギターの泣き、シンセの霞、ベースのうねり、そして間(ま)の使い方。派手な速弾きで押すというより、音を少しずつ積み上げて、聴いている人の心の温度をじわっと変えていくタイプです。
なんとなく忙しい日々のなかで、ふと立ち止まりたくなる瞬間ってありますよね。ピンク・フロイドは、まさにその“立ち止まる時間”を音楽にしてくれるバンド。コーヒーを淹れて、湯気が落ち着くまでの数分さえ、ちょっと特別にしてくれます。
取り上げる楽曲と収録アルバムの紹介
今日の一曲は「Wish You Were Here」。収録アルバムは同名の『Wish You Were Here』で、リリースは1975年。ピンク・フロイドの代表作として語られることの多い名盤です。
曲のはじまり、まるでラジオ越しに誰かがギターを鳴らしているような質感がして、そこからふっと“目の前に演奏が現れる”ように音が開けていきます。この導入だけで、もう心が少し静かになる。アナログで聴くと、その「近づいたり遠ざかったりする感じ」がいっそうリアルで、古い木の床がきしむうちの店の空気にもすごく合うんです。
なぜその曲がコーヒーとマッチするのか。
「Wish You Were Here」は、簡単に言うと“会いたい人に会えない”気持ち、そして“本当の自分の場所”を探してしまうような感覚を、押しつけがましくなく歌った曲です。大げさに泣かせにくるんじゃなくて、「わかるよ、その気持ち」って、隣で同じ湯気を眺めてくれるような優しさがある。だからこそ、コーヒーと相性がいい。
コーヒーって、テンションを上げるための道具でもあるけど、実は“感情を整える飲み物”でもありますよね。たとえば、ちょっと疲れた夕方に、深煎りのコクをひと口飲んだとき。苦みの奥に甘みが戻ってきて、「今日もいろいろあったな」って、やっと息ができる。
この曲もまさにそうで、ギターの音色が少し苦くて、でもあたたかい。サビに向かって盛り上がるんだけど、過剰にドラマチックにはしない。その“引き算の美学”が、コーヒーの余韻とよく似ています。舌の上に残る香ばしさみたいに、聴き終わったあとも、心のどこかに静かに残るんです。
おすすめのシチュエーションは、仕事や用事を終えたあとの「一日の区切り」。部屋の明かりを少し落として、カーテンの隙間から夕方の色が入ってくる時間帯。ハンドドリップなら、中深煎り〜深煎りをゆっくり。豆はナッツ感のあるブラジルや、チョコレートっぽい余韻のグアテマラが合います。ミルで挽くなら、ザリ…ザリ…という音が、曲の静かなイントロに不思議と馴染む。
そして、できればレコードで。針を落とした瞬間の“プツ”という小さなノイズって、コーヒーで言えば最初の一滴みたいなものだと思うんです。完璧じゃないけど、その不完全さが「今ここ」を感じさせてくれる。デジタルのクリアさもいいけど、今日は少しだけ、時間を昔に戻してみる。築50年以上の古い空気のなかで音を鳴らすと、音楽もコーヒーも、どちらも“香り”が立つんですよね。
楽しい気分をさらに上げる曲、バリバリ仕事を進める曲ももちろん最高。でも、何かを頑張った日の最後に、自分をほどくための一曲があると、生活の味が深くなる。そんなときに「Wish You Were Here」はぴったりです。
一杯を飲み終わる頃、きっと心の中のざわつきが少しだけ静かになって、「また明日もやっていけそう」って思えるはず。コーヒーの湯気と一緒に、この曲の余韻も、ゆっくり部屋に漂わせてみてください。


