「Black Coffee」—Humble Pieが淹れる、熱い一杯のブルース
アーティスト紹介
Humble Pieは60年代末のUKロックを代表するブリティッシュ・ハード/ブルース・ロック・バンド。フロントマンは、小柄な体に反して巨大な声量でおなじみのスティーヴ・マリオット。彼はThe Small Facesでモッズ〜R&Bの洗礼を浴び、その熱量をそのままHumble Pieへ持ち込みます。初期はピーター・フランプトン在籍のブルージーなハード・ロック、70年代に入るとゴスペルやR&Bの色合いをさらに濃くして、汗が飛ぶような土臭いグルーヴを手に入れていきます。時代は、ロックがスタジアムへと拡張していく70年代前半。派手なギターと分厚いコーラス、体温の高い演奏が求められた時代に、彼らは“生の熱”をそのままレコードに閉じ込めた人たちです。
取り上げる楽曲と収録アルバムの紹介
今日の一杯に合わせたい曲は、Humble Pieの「Black Coffee」。収録は1973年リリースの2枚組アルバム『Eat It』(A&M)。原曲はIke & Tina Turnerのソウル・ナンバーですが、Humble Pie版はゴスペル風の女性コーラス・トリオ“The Blackberries(Venetta Fieldsら)”を迎え、骨太なギター、うねるオルガン、手拍子のように弾むリズムで、ぐつぐつ煮込んだシチューみたいに濃厚なロック・ソウルに仕上げています。針を落とすと、まずは甘く焦げた香りのようなオルガンの音色、そこにマリオットのしゃがれた声が「熱いブラックをくれ」と言わんばかりに飛び込んでくる。アルバム全体も、スタジオ録音とライブ感を織り交ぜた多層的な作りで、アナログで聴くと特に低域の厚みが心地よく、古い木の床にまで振動が伝わってくるような感覚があります。
なぜその曲がコーヒーとマッチするのか。
まず、タイトルからして“Black Coffee”。砂糖もミルクも足さない、ストレートで熱い一口を思わせる直球の響き。歌のテーマもそのまま、眠気覚ましや気合いを入れるための一杯に手を伸ばす感覚と重なります。Humble Pieのバージョンは、朝の静けさに鳴らすというより、少し湿った午後や、仕事帰りの夜、もうひと踏ん張りのエネルギーが欲しいときに効く“濃度”を持っています。
音の質感もコーヒーと相性抜群。分厚いベースは深煎り豆のコク、歪んだギターは焙煎で立ちのぼるスモーキーな香り、ゴスペル・コーラスは仕上げにふわりとかけたブラウン・シュガーのよう。特にサビで広がるコーラスは、カップから立ち上る湯気の渦みたいに立体的で、部屋の空気すら甘く温めてくれます。レコードで聴けば、サーフェスノイズの微かな「サーッ」という音が、ちょうどお湯を注ぐときの静かな音に重なって、キッチンとスピーカーが一本の糸で結ばれる感じ。築50年の木の梁に反射する余韻まで、音楽の一部に思えてきます。
おすすめの飲み方は、フレンチプレスでやや深めに焼いたブレンドを。ビターチョコと黒糖、ほんのりナツメグのニュアンスがある豆なら、曲のスモーク感とぴたりと合います。ブラジル主体のブレンドやコロンビアの中深煎りなんか最高。抽出はゆっくり4分。プレスしてカップに注いだら、最初の一口は何も足さずにどうぞ。マリオットがシャウトする瞬間、舌の上に残るオイルのなめらかさが、音の粘度とぴたっとシンクロします。
シチュエーションで言うなら、疲れた日の「もう一杯」と相性抜群。気持ちが沈んでいるときも、曲の太いグルーヴが背中を温めてくれるし、逆に「今日はバリバリやるぞ」という朝なら、最初のマグ一杯とこの曲で点火するのもいい。ゆっくりしたい雨の午後は、音量を少し絞って針を落とせば、窓の水滴がハイハットのリズムに見えてくるはず。個人的には、閉店後の店内でこの曲を回しながら、最後のポットに残った一杯をすする時間が好きです。深煎りの余韻と、レコードの暖かさが溶け合って、今日一日のざわめきがふっと輪郭をなくす瞬間があるんです。
コーヒーは、気分を変えるためのちいさな儀式。Humble Pieの「Black Coffee」は、その儀式に“熱と魂”を足してくれる曲。忙しない日常の隙間に、濃くてまっすぐな一口を。スピーカーの前でカップを両手で包みながら、どうぞ。
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