「Sultans of Swing」で淹れる、夜更けのハンドドリップ
アーティスト紹介
Dire Straits(ダイアー・ストレイツ)は、70年代後半のUKから出てきたバンド。パンクが街を席巻していた頃に、彼らはやけに“落ち着いた顔”で登場しました。派手に叫ぶより、ギターで語る。そんなタイプ。中心人物のマーク・ノップラーは、指で弦をはじく独特のフィンガーピッキングで、カッティングの一音一音に体温があるんです。
音はロックなんだけど、どこかジャズっぽい余白があって、聴いていると部屋の空気がすっと整う感じ。70年代の終わり、世の中が速くて強い刺激を求めていた時代に、「まあ座って一杯飲みなよ」と言ってくれるような存在でした。
取り上げる楽曲と収録アルバムの紹介
今回の一曲は、「Sultans of Swing」。収録アルバムはデビュー作の『Dire Straits』(1978年リリース)です。ラジオで火がつき、じわじわ広がっていったタイプの名曲で、ギター好きじゃなくても「あ、この曲知ってる!」となりやすい一曲。
曲は派手なシンセも、ぶ厚いコーラスも使わず、バンドの生身のアンサンブルで進みます。だからこそ、アナログ盤で聴くと“人がその場で鳴らしている”感がぐっと増す。針を落とした瞬間の、少しだけざらっとした音の肌触りまで含めて、この曲の魅力です。
なぜその曲がコーヒーとマッチするのか。
「Sultans of Swing」は、ざっくり言うと“とある小さな店で演奏しているバンド”を描いた曲です。スポットライトの大舞台じゃなくて、客もまばらな夜。だけど演奏している側は、ちゃんと誇りを持って鳴らしている。その空気がいいんですよね。大きな成功とか、わかりやすいドラマじゃなくて、静かな熱がじわっと続く感じ。
これ、コーヒーの時間とすごく似ています。朝の一杯が特別な日もあるけど、多くの日は「なんでもない日」を整えるために淹れる。でも、なんでもない日を丁寧に扱うのって、実はすごく贅沢。豆を挽いて、お湯を落として、香りが立ちのぼる。その“地味だけど確かな工程”が、曲のムードとぴたりと重なるんです。
おすすめは、夜に飲む中深煎り。たとえばナッツ感のあるブラジルや、チョコレートみたいなコクの出るブレンド。理由はシンプルで、この曲のギターが甘すぎず、苦すぎず、ずっと口の中に残る余韻を持っているから。深煎りのどっしり感よりは、少し軽やかで、でも芯があるほうが合います。酸味がキラキラしすぎる浅煎りだと、曲の“夜の温度”からちょっと浮いちゃうかも。
そしてこの曲のいちばんのコーヒー・ポイントは、リズムの“前のめりにならない”ところ。聴いていると体は自然に揺れるのに、急かされない。仕事で疲れて帰ってきて、ソファに沈みながら「今日はここまででいいや」と自分に言ってあげるときにちょうどいいんです。バリバリ作業用というより、作業を終えた後の“脳の湯冷まし”。PCの画面を閉じて、部屋の明かりを少し落として、カップを両手で包む。そんな時間に、ギターがさらっと背中を撫でてくれます。
アナログで聴くなら、イントロの立ち上がりをぜひ味わってください。針が溝をなぞって、音がふっと部屋に広がる瞬間。コーヒーの一投目で粉がむくむく膨らむ、あの“これから香りが開いていく”感じに似ています。曲の後半、ギターが少し饒舌になっていくところは、温度が下がって甘みが見え始めるカップの後半みたい。最初は香ばしさ、途中から蜜っぽいニュアンス…と、聴こえ方も飲み口も変わっていく。
楽しい日でも、ちょっと寂しい日でも、この曲は感情を必要以上に煽りません。寄り添い方が上手い。だからこそ、家でひとり、ゆっくり飲む一杯に似合います。カフェのBGMというより、“家の中の小さなライブ”を呼び込む一曲。今夜は「Sultans of Swing」を回して、湯気の向こうに小さなステージを想像してみてください。きっと、いつものコーヒーが少しだけ深く感じられます。

