Humble Pie「Black Coffee」で目を覚ます朝
アーティスト紹介
Humble Pieは60年代UKモッズ・シーンの花形だったスティーヴ・マリオットが率いたブリティッシュ・ロックの名バンド。ブルースやR&Bの泥臭さと、70年代らしいワイルドさをミックスした骨太のサウンドが持ち味です。派手なテクニックを見せびらかすというより、グルーヴで押し切るタイプ。スタジオでもライブでも“汗の匂いがする”ロックを鳴らし、当時のアメリカでも熱狂的な支持を集めました。今の耳で聴いても、ギターの歪みやオルガンの揺れ、分厚いコーラスの熱量が、アナログの温度でじわっと伝わってくる。築50年以上の木の棚に並ぶレコードを手に取るとき、その質感とぴったり重なるバンドです。
取り上げる楽曲と収録アルバムの紹介
今日の一杯に合わせたいのは、Humble Pieの「Black Coffee」。1973年のアルバム『Eat It』に収録されたナンバーです。もともとR&Bの名曲を取り上げ、スモーキーなギターとごつごつしたドラム、ゴスペル色の強い女性コーラスで、朝一番の濃いエスプレッソみたいに熱く、厚く、旨味たっぷりのロックに仕上げています。針を落とすと、最初の一拍目から“カツン”と背筋を起こしてくれる、あの太いビート。ミッドテンポながら前のめりで、マリオットのしゃがれ声が「ブラック・コーヒー!」と叫ぶと、まるでカップの縁から立ちのぼる湯気に音が混ざるように、部屋の空気が温度を帯びていきます。
なぜその曲がコーヒーとマッチするのか。
理由はシンプル。歌詞もムードも“ブラックコーヒー”そのものだから。砂糖もミルクもいらない、苦味とコクで目を覚ます一杯。それを音の言語に翻訳したら、この曲のリフとビートになるはず…そんな説得力があります。がつんと来るキック、ぶ厚いベース、肩で息をするようなギターの刻み。そこへハスキーなリードとソウルフルなコーラスが重なって、口の中に広がる焙煎香のように余韻が長く残る。耳で味わうボディ感、というやつですね。
朝の台所でミルを回しながら聴くと最高。豆の砕けるザクザクという音と、ドラムのハイハットがシンクロします。ドリップの蒸らしでふくらむ粉を眺めていると、オルガンのコードがじわっと染み出す。中深煎りのマンデリンやグアテマラあたりが似合います。ナッツやビターチョコのニュアンスが、マリオットの声のスモーク感とよく絡むんです。エスプレッソ派ならダブルでどうぞ。曲の後半に向けて熱が増していく感じと、抽出の圧が立ち上がる瞬間が気持ちよく重なります。
もちろん朝だけじゃありません。午後の「よし、もうひと仕事いこう」というタイミングにも効く一曲。テンポが速すぎず、でも心拍を少しだけ押し上げてくれるので、集中モードへのスイッチにうってつけです。キーボードのコードが脳内の雑音を消し、リフの反復がタスクのリズムをつくる。まるで手元で一定の湯量をキープしながら、点滴のように落とすドリップの手つき。音も作業も、一定のリズムが心地いい。
そして夜。一日の終わりにあえてカフェインを抜いたデカフェで、針を落としてみるのもおすすめです。古いスピーカーの前に腰を下ろすと、レコードのわずかなサーッというノイズが、雨上がりの路地のように静けさを際立たせる。そこへ「Black Coffee」の太い骨格がゆっくり立ち上がると、体の芯に灯りがともるように温まっていきます。甘やかすより、まっすぐ支えてくれる音。楽しいときも、少し沈んだときも、深煎りの一杯のように余計な言葉はなく、ただそばにいてくれる曲です。
当店のレトロな空間でこの曲をかけると、木のテーブルに反響する低音が心地よい振動になって伝わってきます。アナログの厚みは、コーヒーのボディ感と似ている。どちらも手間と時間が味になる世界。70年代のロックが今も色褪せないのは、そんな“人の手”のぬくもりが録音に刻まれているからかもしれません。次の休みの朝、ぜひ「Black Coffee」をBGMに、一杯を丁寧に淹れてみてください。きっと一日の輪郭が、いつもより少しくっきり見えてくるはずです。


